感想
今まで何度かチェーホフの作品は読んだことがあったが、どうしても印象に残らないというのが、印象だった。
けれど、今回、新訳を読んでみて、どの短編もそれぞれ風変わりだったり、残酷だったり、しんみりするものだったりと、魅力に富んでいて、どれが一番いい! と決められないくらい楽しめた。
「かわいい」はとっても愛くるしい女性が主人公。彼女は誰か男の人を好きでいないといられない。けれど、どういう巡り合わせが、愛しあっている相手が次々と亡くなる。奇妙な話ではあるけれど、現実にいそうな女性。好きになった人が詳しいことに急に興味を持ち、いっぱしの知識を持っているかのように意見し出す彼女。そして、違う人を好きになったら、今までのことは全く忘れ去ったかのように、新しい人がいいと思うことはいいと思い、ダメだと思うことはダメだと思う。だから、男の人を好きになっていないときは彼女には何の意見もない。
これは、この作品の主人公だけではなく、一般的に女性はそれまで興味がなかったことでも恋人が興味を持っているものに急に興味を持つ、興味をそそられるのではなく、あくまでも恋人と話題を共にしたいが故にそうなる傾向があるのを、チェーホフは揶揄してるのかと思った。
「ジーノチカ」 ハンターたちが一夜を農家で過ごすことになり、女性との恋の話題になったとき、「熱烈に、狂おしいほど憎まれたことのある人は?」と一人の男が自分の体験を話す。まだ8歳の子どもの頃、家庭教師だったジーノチカという綺麗な娘さんが兄とこっそり逢ってキスを交わしたことを目撃し、彼はそれを親に言いつけるとジーノチカを脅す。親の目を盗んで楽しいことをしている二人。その弱みを握り、ジーノチカに憎まれる。憎まれるということは、実感として起こることは少ないかもしれない。8歳の子どもにしてみれば強烈な体験だろう。
「いたずら」 高い丘からふたりで橇に乗ってすべり降りるときに「す・き・だ・よ、ナージャ!」というさっと言う。降りてしまったら、素知らぬ顔をする。彼女はまた、滑りたがる…。そして、物語は二通りのエンディングが用意されている。最初に出たときの作品とニ度目のときは大幅に結末が違う。それをページに平行に掲載されていた。
「役人の死」はすごく短くあっけない結末だった。取るに足りないようなことを思い悩んで死んでしまう。
「おおきなかぶ」 は誰もが知ってる、あの「おおきなかぶ」みたいな頭がおおきなかぶの話。
「ねむい」は可哀想な子守の少女の残酷な話。
「ワーニカ」はおじいさんに手紙を送る虐待されている住み込みで働く男の話。
「牡蠣」は当時、とても高価だった牡蠣を物乞いをしようとしている男の子が食べさせてもらう話。
「せつない」 は息子を亡くした御者が誰かに話を聞いてもらいたいけれど、誰もちゃんと聴こうとしない話。
「ロスチャイルドのバイオリン」はいつも損ばかりを勘定している70歳の男、棺桶職人が妻を失ったことで、妻になにも優しくせず、いじめてばかりいたことに気づき、邪険にしていたユダヤ人のロスチャイルドに自分のバイオリンを死に際に与える話。
「奥さんは子犬を連れて」ヤルタで知り合った男女の不倫の恋。
それぞれ作品の後に訳者の解説があり、物語の背景やチェーホフの思惑、当時の評判などがわかり、まるでゼミの講義を受けているような感じだった。
(2011年6月読了)
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